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スーパーちんどん・さとう

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よくわかってなかった…


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よくよく考えたら、確かに不思議なんですよね。

ちょっとこういう話題はあまり触れたくない気持ちがあるんだけど、結論を導くために必要なのよね。
「音姫」ってあれです。
女子トイレには音姫がある、という話はなんか聞いていて、最近は男子トイレにもあったりしますね。
つまりは、ウンコしたりオシッコしたりするときの音を消すために、そのボタンを押すと音が流れて聞かれなくて済む、という。

ふむ。

まあ、なんとなくわかりますね。
以前には、音を聞かれたくないからオシッコとかする時に一回水を流す、そんでもって、終わってから通常の使い方で水を流す、という二回流す、ということもあったそうで、それは無駄だ、と。
エコ関係なのかどうなのかはわからないけど、音姫というのが開発された、ということらしい。

まあ、そもそも音がどうなのか?ってコトに関しては、人によるんだろうし、オレなんかはお互い様だからブリブリやっても気にならないけど、気になる人はいるんだと思います。
でも、こうやって音姫が開発されてあちこちに付いているというのは、そういう人が多いんだろう、というコトが推測されます。

これ、簡単に言えば、家のトイレには必要ないんですよね。
一人だったらまずいらない。
だって、聞かれる相手がいない。
だけど、公共の場所だと必要、ってコトですね。
他人がいるから。
それでも、トイレに入った時点で誰もいなければ、別にそんなことは気にしなくてもイイワケですよね。

つまり、トイレは一人で行けばそんなに恥ずかしいことはない、という結論になります。
ま、ここまでは推論としてそんなに間違ってないと思うんですけど。

で、こっからが本題なんですが、にもかかわらず、例えば学校時代とかですね。
休み時間にトイレに行く、まあ休み時間は十分?くらいしかないから、多くの人がトイレに同時に行く。
これは仕方ない。
けど、そうじゃない場面。
けっこうゆとりがある時にでも、女の子はけっこう一緒にトイレに行ったりしてましたよね。
「一緒に行こう」的なコトもあるし、私も私も、的なコトもあったり。
ま、これ、ちょっとこの後書くことをツイートで知って、そういえばそうだったような…、と思いだした感じだし、俺自身は女子ではなかったので、ハッキリとはしないけど、でも今考えるとそうだったと思う。

でね、こと「音を聞かれたくない」ということと、「一緒に行く」ってのは、相反するじゃないですか。
できるだけ一人で行った方がいいのに、でも一緒に行く。

これね、誰だったか知らない人がツイートしてたんですけど、「女子はトイレで危険な目に遭うことがある。だから一緒に行く」という。
「そうやって、子どもの頃から親に言われた」という人もいた。
公園とかで一人で公共のトイレに行かないで、友達と必ず行きなさい、としつけというか、親に注意をされていた、という。

ここでガッテンですね。

確かに、トイレに男の人がいた、とか、トイレで変質者、とかって話はよく聞きます。
この前の新日本プロレスのオーカーン選手が女の子を救ったという話も、トイレが最初の舞台だったかと思います。

しかも、なんならトイレってお尻出すわけでしょう。
まあ、男の人ならポコチン出すわけで。
大事なところを晒す、というか。
だから、瞬時に逃げにくい、というのもありますよね。
ズボン下ろしたまま走れないし。

だから、やっぱ危険なんだ、と。

オレは親にそういうことを言われたことがなかった。
他の人はわからないけど、なんとなく今までの男としての生きてきた中で、男の子はあまりそういう「意識」はないと思うんだ。
子どもの頃に、親に強烈にそうやって注意された経験は男の子にはあまりないように思う。
まあ、男の子も危険だとは思うけど、そこまでは言われない感じ、というか。

つまりさ、女の子って、トイレに行くだけで「身の危険」を、小さい頃から抱えていたんだな、と思いまして。
きっともう日常のことになって、無自覚に「一緒にトイレ行こう」という感じになってるとしたら、なんだかもうとても申し訳ないというか、いや、そんな世の中、ホントイヤだよね!って話。








ブログ用

(BGM:BLACK BISCUITS「Bye-Bye (北京語バージョン)」from「Bye-Bye」)
→どっか北京語バージョンとかに惹かれます。
ビートルズがドイツ語で「She Loves You」をレコーディングしたこともあるワケですが、そういうところにバンドのやる気が見えるというか。

勇気づけられる ★ 映画 「ゾンビランド」


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先日、どうしても仕事をする気がなくなり、酒で飲もうとウチのPCとかやってくれてるアオテツを誘い、昼から酒を飲んでおりまして。
まあ、そろそろ外に飲みに行きたかったんだけど、いろいろコロナのことで感染者数を調べたり、PCRの段取りを付けてくれているカズミに相談したら、「もうちょっと様子をみましょう」と言われてしまい、外に飲みに行くこともできず。
まあ、本部事務所・ほんびいで飲むか、ってなって。
その日はほんびいの方で仕事をしてる人もいなかったし、ちょうどいいか、と。
まあ、仕事してる人がいてもけっこう飲んでるけどね。

ま、この感じがいいか悪いかよくわからないのだけれど、なんかもう全部ほうり出したい気持ちになってたんですね。
時にそういう時もありますわ。

きっかけがあるワケでもなく、時にそういうことがある。
その場合、もうオレは大きな声で、というか、みんなにわかるように「もう仕事今日はやめます」って宣言しようと思っていて。
ま、ついでに、もう事務所で飲みますんで、と。

ちょうど、そのあたりで漆黒ことハトミの介助者といろいろ相談事をしてたりもしてて、ちょっと来ない?なんて言ったりして。
それが二三時間後、ってことになって。
そしたら、結果としては、ちょうど介助の時間が中途半端に空いていた森さんも来てくれて、仕事終わりのアキとミズエも合流したりして。
楽しく飲んだりしたんだけど。

そのまあ二三時間ですね。
アオテツと二人。
まあ、彼とだったら何時間でもバカ話をしてられますが、その日はオンデマンドで映画でも見ますか、と。

なによりオカルト、ホラー好きの我々。
見てなかった映画はないか、と思ったところ、「ゾンビランド」を見ましょうか、となりました。
名作の誉れ高い映画ですが、見てなかったんですね、こちら。
2009年の映画だとのこと。

まあ、オレ的には元気ないですからね。
元気になる映画を見たかったわけですが、そのためのチョイスがゾンビ、という。
一定数の人にはわかりにくいかもしれませんが、ゾンビだからこそ元気になれる、とは確信してはいました。
ま、こちらゾンビコメディ。

結果から言うと、サイコウに面白かった。
人類のほとんどがゾンビ化した世界で、主人公の一人はなんとか生き残っていて。
この彼が、元々引きこもりのヲタクって感じの人で。
何をするにもいちいち理屈くさい。
そして、ナレーションというか、心の声が彼によるモノであるからか、この「イイワケを言う感じであれやこれやを判断していく」という感じが、とにかくヲタクっぽくてオモシロい。

一方で、途中で出会った男はとある駄菓子が好きなテンガロンハット。
どこか主役の彼とは正反対。
彼の脳天気さが、いちいち理屈くさい主役との対比となって、歯車が合ってるようで合ってない、合ってないようであってる、みたいな、コメディの基本的な設定をきっちりやってくる。

そしてもちろんヒロインも登場。
しかしこの姉妹、すぐに男二人を騙す。
車を乗って行っちゃったり。
そうやってまあ生き残ってきたんでしょう。
けども、最終的にはとある遊園地でピンチに陥り、彼ら二人に助けられる、という。

いわゆる「人情喜劇」なんですよね。
裏切られても、最後は助ける、みたいな。
で、仲違いもなくなって、最後は力をあわせて行こう、みたいな。
それを「ゾンビが大半となった世界」で展開するという。

きっちり伏線は回収するし、CGも特殊メイクもしっかりしてる。
ゴーストバスターズのビルマーレイはご本人役で出てくるし、コメディとしての完成度は高い。
とにかくずっと笑ってみられましたね。
これまで個人的にゾンビコメディの最高傑作だと思っていた「ロンドンゾンビ紀行」(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-3666.html)を越えましたね、これ。

というわけで、まだまだ見ていない傑作映画ってのがあるんだなあ、という。
世界は広い。
未知の世界が広がっているのである。
そう考えると、なんだか、自分のやってることなんかちっぽけなことなんだし、多少うまくいかなかろうが、別にいいんじゃね?というか。
どうでもいいじゃん、という気になってきたりして。
それ以前に、ゾンビが世界の大半になった場合、もうね、今の自分の「やる気のなさ」なんてのはどうでもいいわけですよ。
そして、別にゾンビがこの世界に登場しないという保証などどこにもないわけで。

別に、まあ毎日仲のいい仲間と酒飲んだりバカ言ったりして楽しく過ごせりゃいいわな。
小難しいことを小難しく考えるのは、もうなんかうんざりですわ。









ブログ用

(BGM:태진아「외로워 마세요」from「'99 태진아 힛트곡 총결산」)
→ムード歌謡といった感じ。
もちろん何を歌っているかわからないが、こういうのはちょっとほっておけないのであった。

それは残酷か?


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まあ、いろいろ考え方ってのはあるわけで、何がいい、という結論を出すのは難しいものです。

知的障害者なんて一言で言いますが、まあいろいろで、そこそこちゃんとわかってる人もいれば、例えばカイのように喋らない人もいます。
結局は、「こっからこっちがこう!」なんていう風な杭は打てないわけで、実際には生活能力っていうか、そういうのもある。
計算ができなくても、まあ生活できるチカラがある、とか。
また逆もしかりで、計算はできるが、他のことが難しい、とか。
十人十色と言えばそれは健体者も同じで、だからこそ、彼らだけ知的障害者というレッテルを貼ってなんとかしようとしてもやっぱ難しいわけです。

それはまあ現実ですね。

同時に、たいがいはまわりもいい人で、朝の運動なんかでマラソンなんかをしますが、道行く人たちも挨拶してくれたり、いろいろと話しかけてくれたり、お祭りでは便宜を図っていただいたり(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-4894.html)、ほとんどそんなにイヤなコトはそんなにないんですけど。

でも、やっぱりミツに言わせれば「コンビニの店員がコバが行ったらバカが来たと言っていた」とか、そういうこともある。
相模原の事件が人ごとじゃないな、というような。
役人も同じで、監査だって言うからイチマルたちが活き活きとやってるかどうかを見に来たのかと思いきや、書類見て帰る、みたいな。
なら来なくていいよ、書類は毎年出してるだろ、と思うんだが。
ネットを見ればヘイトが溢れているし、まあいい気分ではない。

けっこう、一歩外に出れば、やっぱ彼らには逆風しかないのか、という気になる。

時には、完全に親が先行しちゃって、本人に何の話もしないで「やめさせる」といってきた親も過去にはいる。
前日まで、電話で親に泣きながら「なんでそんなこと言うの!やめたくない」と言っていたにもかかわらず、親がシャットアウトする、というようなこともあった。
「親に騙されている」ということなんですが、これも本人は薄々わかってはいて、しかしなかなか知的障害という部分で、「クソババア!」と家出することも難しかったりする。

そう考えると、なかなかに「彼ら本人の味方になる」というのは大事だし、そうあらねばならない、と心を新たにするわけですが。

そんな中で、この「厳しい状況」「逆風」というのを、彼らにどう説明するか?というのを考えるんですね。
そして、まあどうしようかな、といつも悩む。
例えば、ちょっと考えると、それをストレートに伝えるのは「残酷だ」という意見もあると思うんです。
もちろん、それは人にもよる。
イチマルと井上では違うし、井上とミツでも違う、ミツとオグラでも違う。
理解度も違えば性格も違うから、それはまあ各々だ、ということにはなるし、その場その場での判断、ということにはなります。

ただ、どっか「基本線」はほしいな、と思うんですね。
その上で、その人にあわせてどう伝えるか、って感じで行きたい。
じゃないと、違うことを言ってしまいそうな気もするわけです。
ブレる、というか。

で、ちょっと前に書いた「残酷」ということになるんだけど、ここなんですよね。
「残酷な現実を伝えるかどうか?」
世の中は、車椅子は電車にも乗るなと言う、ということを伝えるかどうか。
もちろんそういう人ばっかりじゃないよ。
でも、むしろその現実を伝えておいた方がいいのではないか、とオレは思うけど、それを「残酷」っていう意見もあるわけだよ。

果たして「残酷」なのか。
残酷なのは世の中で、それを伝えることは果たして残酷なのだろうか?という問いですね。

現実には差別があって、例えば差別反対の映画を作ろうとすればその差別を描かなければどうにもならないわけだけれど、それ自体が「差別の再生産だ」という意見もなくはない。
いわゆる言葉狩り、といったようなことですか。
まあ、しかし映画全体が意図することをくみ取ってもらわないとこれどうにもならない。

親御さんの中には、「この子に余計な苦労をかけたくない」と思う親もいれば、「厳しい世の中だからこそ、しっかりとそれを見てほしい」という親もいる。
前者はいろいろ手を回してやってくれる親なんだろうし、箱入りよろしく外に出さない、というベクトルがあり、後者には外に出そうというベクトルがある。

このベクトルの違いは大きい。
子を愛する気持ちは同じでも、これはかなり違ってくる。

正直、「そんなこと言うのは酷だよ」というのは、どっか彼らをバカにしているようにも思えてしまって、オレには据わりが悪い。
だって、同じ世の中を生きているわけだから。
そして、その世の中の中で、「俺は味方でいるよ」ということを伝えなきゃ意味がないとオレは思ってる。





ブログ用

(BGM:すずききよし「Walking In The Dust」from「Walking In The Dust」)
→歌詞を読んでみると、戦火の下を歩く兵隊の歌だと思う。
いわゆるフォーク、反戦フォークといった感じだろうか。
叫ぶでもなく、絞り出すでもなく、蕩々とした声はむしろ染みてくる。

逆効果な人たち


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まあ、ノーマスクを主張する人たちってのがおります。
何度も書いてきました(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-5873.htmlなどなど)。
結局ね、陰謀論が元ですよ。

とはいえ、けっこう高学歴だとか、政治のことをきっちり考えてるような人たちもハマってる。
まあ「政府のいうことは信じない」とかってのはわかる。
わかるが、だからといって「コロナは本当は存在しない」ということはない。
自分に都合のいい論議を積み上げて事実かのように主張するが、そりゃ、都合の悪い論を無視していればそういう結論も出ようというモノだ。
もう何度も書いたからあれだけれど、彼らの主張はエセ医学を元にしている。
「物質は存在しない」「物質とは波動である」なんて主張、「政府が言ってる言ってない」に関わらず、科学の基礎だけ考えてもとうてい受け入れられるはずがない。

というようなことはもういいんだけど、しかし大変なことになってるな、と思いました。
というのも、ツイートで、この「反マスク」のみなさんがこんなの流してて。

「運動会で来校される方はマスク着用して下さいと記載してあるので今から校長と議論します」

…おいおいおい…。
校長も大変だ…。
オレの仲間というか、ブレインにも校長だのがいるけれど、こりゃもう余計な時間とらされちゃうわ…。

なにせ、もう「信じてる」人たちを納得させるコトってのはできないんですよね。
信者を脱会させるだけでも大変な苦労があったというのはオウムの時にも我々は経験済みです。
だから、この人達は、とにかく「意味のない論議をふっかけてる」に過ぎない。
時間の無駄なんである。

これが、子どもに関わること、例えば「うちの子がイジメを受けているようだが学校が認識してくれない」とかって内容であればこれは校長が「無駄だ」というのはおかしい。
どう考えてもそんな校長は許されない。

そもそも、校長は生徒の話、親の話、どちらもしっかりと聞かなければならない。
そういう仕事なんである。
だからこそ、この「ノーマスク」の話はどうにも邪魔だ。
こういう話があって、校長の時間が取られてしまい、その間、子どものコトを考えられなくなる、という実害もある。
そして、もっとまずいのは、こうしたバカバカしい話を聞かなかったことで、「あの校長は話を聞かない」などということになってしまうことで、まともな校長が追い詰められてしまう可能性もある。
その校長はイジメの話を聞いていた、いい校長だったのにのに…ということになりかねないではないか。

いや、まあね、親がどういう信条を持っていても対応しなければならない、というのはわかる。
わかるが、いくら何でも「ノーマスク」はあり得ない。
「ハワイ島にゴジラが出てるんだぞ!」とあまり変わらないではないか。
んなことあり得ないのは常識だ、それは。
言いがかりじゃないか。

なにも、全てを鵜呑みにしろとは言わないよ。
もちろん、そんな風にも思ってない。
むしろ、政治が言うことを鵜呑みになんかしない。
与党はもちろん、オレは今の野党も信じていない。
だけれど、いくら何でも、ゴジラは映画の上の話だ。
そしてコロナは現実だ。

マスクをした方がいい、しない方がいい、というのは論議はある。
野外ならマスクはいらないのではないか、という論議にもなっている。
だから、今のところ、その結論を待つしかないんだなあ。
反対派も賛成派?もきっちり意見出し合って話し合うしかないんだから。
それを、好き勝手な、自分に有利な意見だけ聞いて、積み上げて「ノーマスク」みたいな結論では意味がないんだよ。
もうちょっとマスクをすべきの人の意見も聞いた方がいい。
あんたが、校長に「ノーマスク」をねじ込んで聞かせようとしてるのと同じように。

まあ、マスクをしてるからインフルエンザも広がらなかったのではないか、という意見もある。
別にするくらいいいじゃないかと思うが、強制されるのがイヤなのか、それともいろいろな面でもう「マスクはイヤ」なのか。
どっちにしても、自分勝手でしかないじゃないか、という気がするわ。

確かに強制されるのはイヤだ。
それに、マスクができない、という人もいると思う。
例えばウチのツノちゃんとかも苦手だ。
カイなんかも苦手だ(それでも毎日の中で、特に強要はしなかったけどするようになったけど)。
でも、逆にこういう「ノーマスク」の人たちの存在って、そういう「マスクができない人」に対してもなんだか逆効果になるんだよ。

その辺、わかんないかな…。








ブログ用

(BGM:森高千里「ミラクルウーマン」from「ミラクルライト」)
→ミラクルライトというシングルのB面ということになりますが、「ミラクルウーマン」という森高さんの歌声がちょこっと乗るだけの、ご機嫌なリラックスナンバー。
こういうのB面に持ってくるセンスが好き。

エンディングテーマ


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ゴルゴ13のアニメのことについてはちょっと書いたんですけど(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-5756.html)。
やっぱですね、主題歌、エンディングテーマがひどい。
前にも書いたけど、ゴルゴに「ボク」は似合わないし、「君と走り出したい」とか、そういうのはダメなんですよ。
もう、毎回ツッコミながらエンディングテーマとかを聞いてるんですけど。

で、アキがいいましたね。
「これさ、ゴルゴって、他になんか登場人物いないの?」と。
「え?」と。
「だってさ、だいたいエンディングテーマって、脇役の人が歌ったりするじゃん」
「あ~なるほど~」と。
なるほど~、というか、ゴルゴを「ひみつのアッコちゃん」のように思っているのか。
「ハクション大魔王」のように思っているのか、と考えるとちょっとそれはそれでどうかと思ったりはしたが、でもまあ、エンディングテーマで、そのパターンなくはない。

しかしどうだろう。
ゴルゴでまず「殺されない登場人物」がいるだろうか。
ハクション大魔王に対するあくびちゃんのような。
う~む…。
と思っていたら、思い出しました。
このオジさん。

gannsumi.jpg

ガンスミス(銃職人)ですね。
名前もあるんですね、デイブ・マッカートニーさん。
ゴルゴを長年愛している人にしてみたら、「あ~確かに!」とうなづいていただけるであろう。
ゴルゴの無茶な要求にも、毎回キッチリこたえてくる。
どこか、一匹狼の、プライド高きガンスミス。
しかし、なにかこちらが感情移入できる感じの「一般人感」もなくはない。
それはおそらく軽口を叩くところかと思うが、つい「何に使うんだい!」と聞いちゃったりして、「あんたには愚問だったな。聞かなかったことにしてくれ」みたいな。
でもまあ、腕は超一流。
なにせ、ゴルゴが信頼して仕事を任せているのだから。

こうなると、エンディングテーマを歌うとしたら、彼しかいないのではないか、と思えてくる。
ある意味、相棒ではないか。

というわけで、デイブ・マッカートニーさんが歌うとして、どんな歌になるか、考えてみる。

「オレは世界屈指のガンスミス」
→女房子どもがいるわけじゃねえが、そんな幸せ望んじゃいねえ。
オレの女房は銃なのさ、ああ、銃なのさ。
いつもニコニコ現金払い。
振り込みなんか信じちゃいない。
闇夜に生きるガンスミス、ああ、ガンスミス。

「ガンスミス・ブルース~おまえさんにゃあかなわない」
→いつもの無茶な要求かい。
正確に仕上げなきゃオレの身も危ない。
でも、そんな無茶な要求がきらいじゃないさ。
なにせ、オレは世界屈指のガンスミス。
そんなおまえさんにゃあかなわない、ああ、かなわない。

デイブの「そりゃ無理だ節」
→あんたプラスチックで銃身作れって、一発撃ったら終わりだよ。
あ、あんたにゃ二発目はいらねえか。
何に使うか聞かないさ、ああ、聞かないさ。
真空で撃てる銃なんて、あんた反動で飛んでっちゃうよ。
え?反動のない獣を作れって?
そりゃ物理法則無視してる、ああ、無視してる。

「オレは出っ歯のガンスミス」
→ちょっと歯が出たガンスミス。
それがオレのトレードマーク。
街で見かけても声かけてくれるな。
闇で生きてくガンスミス、ああ、ガンスミス。
歳も取ったがまだ現役、ああ、まだ現役。

どうだろうか。
これをきっちりアニメの声優さんに歌ってもらう。
曲はサザンあたりに作ってもらったらどうだろうか。
お調子のいい曲調にしていただいて…。

って、ダメだよなあ…。
だって、そもそもエンディングテーマがデイブさんだとしたら、主題歌はゴルゴに歌ってもらわなければならない。
そうなると、声優さんは舘ひろしさんである。
つまり「泣かないで」となる。

…あかん。
泣かないで、って撃っちゃダメだし、そもそも泣くとかそういうのはゴルゴには似合わないのである。
そもそも笑ったところを見たところもないが、泣いたところも見たことがない。
泣くも泣かないも、そういう感情を見せてしまったらゴルゴにはならないのである。

というわけで、ゴルゴのアニメ見て下さい。








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(BGM:MOOMIN「栽培したい ~世界中で~」from「Rise Again」)
→まあ、歌詞としては「希望の種植えて生きがいになるような夢を栽培したい」ってことなんだけどね。
この人達のことをよく知らないけど、レゲのリズムで栽培したい、と言われれば、やっぱ栽培したいモノは決まってる気がするが、まあそういうダブルミーニングを歌詞に見いだすことができず。

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