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スーパーちんどん・さとう

Author:スーパーちんどん・さとう
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専従募集


ウチの連中は一人暮らししてるのも多いわけですが、その一人、ここではまあ、Bとしておきましょうか、Bの家だけは、月に一度ほど掃除に行ってもらっています。
行ってもらってるのは、我々専従とか、普段付き合ってる人ではなく、介助者の中でまあ、お願いできる人に行ってもらってるんですが。
その人をまあAさんとしましょう。

で、その様子をAさんから加納さんを通じて内部に流してもらってるんですが、このAさんの距離感が抜群にいいんですね。
「掃除しなきゃダメだよ!」って怒るわけでもなく、「ココはこうする!」って上から指導するわけでもなく。
だからまあ、Bはある意味、なめてもいて。
そのなめた態度も想定内、みたいな感じで、いや、ひじょうに素晴らしいな、と思うんですが。
なめているといっても、それなりに掃除は進む。

俺ら、普段付き合ってる連中が行けば、やっぱBの性格も知ってるし、イライラもするんだわ、たぶん。
そして、Bもそれなりになめない。
でも、それは「掃除しよう」じゃなくて、「怒られないようにしよう」だからね。
本論からは離れてしまう。

てなことなんですが。

ま、これね、もう一つAさんにはミッションというか、そういうのがあって。
というのは、ゴミなんです。


ちょっと話変わりますが、レシートというのがあって。
これね、ま、あまり最近は言わないですが、できるだけもらいなさい、と。
どうしてもじゃないんだけど、まあもらえるならもらって、財布に入れときなさい、と。

これね、で、時々サイフを見ると、どこで何をしたかが大体わかるんです。

先日も、なんかコバのサイフに大宮駅のラーメン屋さんのレシートがあったんで、「どっか行ったの?」と聞いたら、「井上さんと映画見て、そのあと、大宮まで行ってラーメン食べました」と。
「へえ、そんなことあったの?何見たの?」みたいな感じに話がそこから進んでいって、なんとなくその日のコバの動きがわかる。

逆に言えば、レシートを隠匿してしまえば悪さもできるんだけど、彼らはけっこうそういうことはしない。
ま、前にはそういうヤツもいましたけど(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-1967.html)、彼らは基本的にマジメで正直だ。

こう考えますと、レシートというのは、なかなかに大きなアレでありまして。


で、話戻しますけど、ゴミも一緒なのね。
「なにを食べたか」がわかるんです。

Bは太り過ぎなので、間食だのジュースはさけたい。
それは話してはいるんだけど、なかなかこう、うまくいかない。
目先の欲望に負けてしまう。

同時に、どうも親がそれらを搬入してる痕跡もある。
ま、そういう親に育てられてきてるから欲望に勝てないわけだけど、それは別の話なのでまたにしまして。

ま、ゴミを見なくたって、毎日の体重とか見てたらわかりますよ。
でも、「食べてるでしょ?」って追い詰めるのは、なんだか逆効果な気がするんですよね。
だって、それ、やっぱ「怒られてる」にしかならないから。

なんで、まあ「事実は押さえる」という感じですね。
「わかってますよ」と。
逆に、言ってきてくれたら、「知ってたよ。○○も、○○もだよね」と言った方が、まあ本質的な意味でパンチ力は強い。
基本、それまで待てる。

そもそも、あなたの身体だから。
あなたの問題だし。
俺が怒ることでもないし。
…って話だから。
その「基本線」を崩さないためには、追い詰めるのは逆の効果しか生まないな、という。

なんで、まあ、Aさんがいろいろと教えてくれることが、俺たちのとても大事な基礎になってる、というか。

やっぱ、チームってすげえな、って思うんですよ。
これね、もう親御さんが一人で抱え込まなきゃならないとなったら、やっぱもうなんでも食わせた方が楽だ、ってなりますよ。

つまりまあ、親御さんがメインだったとしても、どれだけいいチームが組めるか?って話でね。
そういう仕組みが世の中にないと、どんどん彼らは孤立して、太りすぎて早死にします。

それはどっか、オレには心中に思えてなりません。







(BGM:岡本孝子「夢をあきらめないで」from「Autumn Serenade」)
→聞いたことありますね。
きっと流行った歌なんだと思います。
で、この方は「待つわ」の方ですよね。
正直、まあこの手の「応援ソング」みたいな感じの曲はあまり好きじゃないんですけど、なんでそう思うかというと、なんか「あんたのこと知らんがな」って気がするからだな。
ってか、なんか「がんばらなくてもいいじゃん」というか。

電車が怖かった


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専従募集


つうわけで、写真展ですけど、もう正直、無理矢理な日程だったんですね。

写真家松澤と「いつやるか?」の話の中で、「俺がタイに行く前にやるぞ!」と言ってしまったのが間違い。
俺が追い詰められるという。
なにせ、片付けからあけて二日くらいしか空かないでタイに旅立ったわけで。


そして、まあ、期間が一週間というね。
しかも高円寺。
まあ「毎日飲むな、これ…」という心配はありました。

俺自身は普段は酒を飲まないので、ウチに井上達が来て飲んでいても飲むことは少ない。
料理は作ってやるが、自分は飲まない、という感じの。

まあ、飲みに行けば、そういう場所は嫌いじゃないし、楽しくなっちゃうんで飲みますけど、それでもそんなに飲めるわけじゃない。
下戸とはいわないが、飲めるわけでもない、くらいの微妙な感じ。

昔は、もう飲みに行ったら完全に二日酔いでどうしようもなかったんだけど、最近は健康診断の肝機能も回復しているからか、けっこう大丈夫なのよね。
みなさんも、気持ちよく飲むために、肝機能を考えた方がイイですよ。
ってか、やせるだけで違うみたいですよ。
俺がそうなんで。
あまり節制してるわけでもないんだけど、まあやせようとは思ってますけど。


んなわけで、でも高円寺は前にも書きましたけど、イイ街だった。
シャレオツかと思いきや、昔ながらの店もたくさんあって、文化があった。
だからまあ、楽しく飲んじゃうし、しかもうまかった。

こんなに何喰ってもうまい街というのがあるだろうか。
沖縄料理、ベトナム料理、中華料理に至るまで、うまいじゃないか。
街にはその街の得意分野というのがあるかと思うが、こんなにどれもうまいとは。

正直な話、まあもう写真展の最中から飲んではいたんですけどね。
なんか「まつり感」がありました、この写真展。
コレもひとえに松澤さんの人柄なんでしょうけど、こっちもね、そういう気持ちがあって。

「いわゆるな写真展」じゃなくて、「俺ららしい写真展にしようぜ」というのは、松澤さんとも話していました。
中央にゴザを敷いてグッズ物販しよう、とか、店先で「出張にじ屋をやろう」というのも、そんな中から産まれたアイディアだった。

かしこまった展覧会にはすまい、そんな思いが我々にはありました。

俺はあまり知らない人と話すのが得意じゃないので、いや知っててもあまり近くないと話すのが苦手なんで、控え室にこもってることが多かったですが、もうずっと会場では笑い声が響いてて、いや、思ったような「俺ららしい写真展」になったなあ、と感慨深いモノがありました。


その流れもありますか、まあ毎晩打ち上げと称して店に繰り出すという有様ですよ。
二日目はアキが車を出してくれたので、そうなると、もうエンドレスになっちゃうくらい高円寺の街は楽しかった。
「これはやばい」と。
「こりゃこれから毎日やばいぞ」と二日目にして思いましたが、一方でワクワクする感じもあったり。
聞けば、松澤はもう高円寺に一週間の宿を押さえたらしい。
今考えると、俺もそうしておけばよかったような気がするが、埼玉に戻ってやらなきゃならないこともある。
しかしだからといって、飲まないで帰るほど、俺は意志が強い方ではないのであった。

しかし、毎日終電で帰るのはけっこうつらく。
というのも、俺は高校時代も大学時代も電車で通ったことがなく、そもそも電車があまり得意ではないのであった。


で、思い出したのがアキの妹の家が近くじゃないか、と。
もうこれは夜中だが転がり込もう、と。
そんな日が二日くらいありましたか。

もう帰るのがめんどくさくなっちゃうのね。
だって、明日も来るんだから。

俺は普段、すごくネット事務所も近い。
なにせ、家からネット事務所まで、信号どころか横断歩道すらない。
あっという間である。

だから、まあなんかあって「飲もうか」となっても、別にへっちゃらである。
歩いて帰ればいいし、そもそもたいがいそういう時はアキも一緒だし、一緒に帰ればいいし、そう考えるとなにも心配もおっくうなこともない。

改めて考えて、これはとてもありがたい話だな、と思いました。


多くのみなさんは、電車とかで通ってるんだと思うと、なんか申し訳ない気持ちでいっぱいです。
そうやって日本の経済を回してくれて、ありがとうございます。
俺も、できることでがんばらなきゃな、と思いました。





(BGM:RAIDERS「INDIAN RESERVATION」from「BEST HIT POPS 2」)
→嘆きのインディアン。
いや、これね、歌詞わかったらもっとすげえいいんだろうな。
けっこう簡単なリフの繰り返しなんだけど、なんかカッコいいぞ。

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佐藤先生は、毎週1回、みんなの訓練ということで来るようになりまして、もうずいぶんたちます。
御年87歳ということですが、とにかく「市丸たちに会いたい」という気持ちが、先生を動かしているようです。

そもそもは、井上の動かない左手だったり、けいれんを起こしてしまうミツの手だったり、そういうのをやってくれていたんだけど。
今は、勉強、字を教えてもらったりもしてるらしい。
それを見ていた他の連中も「俺も教えて欲しい」となって、佐藤先生としてはけっこうな人数を一日で相手することになる。


というのも、けっこうその道では高名な先生で、30歳の、30年間開かなかった肘を一瞬で開いてしまった、とか、よだれを止めてしまった、とか、それらは「魔法」とか言われてるらしい。
出るところに出れば、それなりに講演料も取れる人なんだろうけど、今はウチに来るだけですね。
あとは、近所の碁会所にいくくらい。

と、まあなんでよく知ってるかというと、俺の親父だからですね。


虹の会は、親を入れない、というのを基本にしてますから、うちの親父を入れるのはどうか?という論議は確かにあって、しかし、もう佐藤先生へのミツ達の絶大なる信頼感がすごい(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-4584.html など)。

なにせ、佐藤先生に「早く教わりたい」のである。
佐藤先生の「井上くん達に会いたい」と相思相愛なので、まあヨシとしよう、と。
同時に、偉ぶったところがないというか、身体が動いていた頃は市丸たちとゴミとかのまとめを粛々とやる、みたいなところもあって。
で、まあ、毎週やってもらっている、と。


各々カリキュラムが違うらしく、何をやっているかの全貌は俺もつかんでいませんが、佐藤先生のおかげか、普段喋らないカイが字を書いてしまったり、そうした奇跡はけっこう目にしています。

その佐藤先生ですが、機関紙に毎月連載を書いてくれていて。
Kくん、とか書いてますけど、コバですね、その辺はなんか昔の先生らしいんですけど、そういうことを書いてくれていて。

で、佐藤先生としても、生きているウチに本を出したい、という思いがあったようで。
これをまとめる、ということになったようです。
その本が、現代書館というところから「私を育ててくれた子どもたち」という本として出るようです。


俺からしてみると、まあ老後の生き甲斐として、ボケないためにもいいのかな、という思いもありますが、あまりに「彼らのために行かなければ…」という使命感が強すぎて、具合が悪いときにも来ようとして、お袋から「今週は休みなさいって言って!」と言われることもしばしば。
その辺がまあ、子どもというか、同じような精神構造なのかもしれません。
もうちょっと年を考えてもらいたい、とは思いますね。


よく、俺がこの道を歩んでいることに関して、「お父さんの影響はあるんですか?」と聞かれることがあります。

確かにあると思います。

よくウチにも卒業した「教え子」がたくさん来ていたし、電話もよくかかってきていた。
親父がいないと、お袋が対応したりして、なんだかもう、そういう姿は見てきました。

ま、有り体に言えば、立派な人なんです。
そして、努力家。
朝も早くから起きて、毎朝なにかしら書いている人でした、俺の勉強机で。
俺が起きる頃、親父は学校に行くので、その間、俺の机を使っていたようです。
勝手に部屋に入るな!という気持ちもありましたが、狭い団地暮らしだったのでそこは仕方ない、とも思っていました。


ま、そんな感じですから、親父とどこかに出かけた、という記憶はあまりありません。
日曜だとか、そんな日も「卒業生と会う」とかどこかの運動会だとかなんだとか、いろいろ行ってましたし。
小さい頃は、よく連れて行かれました。
つまり、それが休日の過ごし方でもありました。
親父の学校のプールにもよく入りました。
すいててよかったけど、まああのプールに一人は寂しいものでもありました。
今考えると、でも、必ず体育の若手の先生とかが来てくれて、なんか教えてくれたりもして。
俺一人プールは心配だったのでしょう。
つまり、まあ「佐藤先生、俺、お子さんに付き合いますよ」という若手の先生が親父の周りにはいたと言うことだと思います。


どうでしょうかね。
影響はあるでしょう。
親だから。

でもまあ、彼のようになりたい、とはあまり思ったことはありません。


それは、おそらく時代が違うんです。
正直、彼の子どもたち(親父から見た市丸たち)に対する熱さ、というのには敬服しますし、それはもしかしたら俺もそういう面があるかもしれない。
でも、努力家ではないけれど。
そこはお袋の血を引いてしまった。

でも、それを「どう表現するか?」という意味や、社会が排他的になってきている昨今の状況のことや、そういうことをあわせ考えたときに、おそらく俺は親父のやり方は古いと思っているんだと思います。


でも、温故知新。
そういう歴史を知って、今の時代の中で、それをどう活かすか。
未来に向かっていくか。

そういう意味で、この本で大いに勉強させてもらいたいと思います。






(BGM:中塚武「Magic Colors」from「Beautiful Techno」)
→これね、いや、すげえカッコいいですよ。
この軽い感じ、そしてヴォコーダーの声の重なり方、ちょっとした不協和音、なんだかどれをとってもカッコいいし、どれを抜いても成り立たないというか、ぎりぎりで成り立ってる感じ。
ブレイクビーツの入り方も、バンドのそれじゃなく、テクノのそれ、というか。
いや、よくできてる。
カッコいい。

下手に技術が先行すると信仰になるので…、という謙虚


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録りためてあった映画などを見たシリーズ。
ネタバレします。


「暗黒映像DX シリーズ & 投函 恐怖ポスト」

暗黒映像シリーズに出てくるスタッフの男女が、まあ~、これがなんだかすげえ。
二人のやりとりの演技がすげえ。

ま、これね~。
だからまあ、演技がすげえのよね。
フェイクドキュメンタリーって、素人でもダメだし、かといって中途半端に演技されるとダメ、という。
なかなかに高度なアレなんだよね…。

それだけに当たり外れはデカいけど、当たりを求めて見てしまう。
ギャンブラーの気分になるのである。

というわけで本作ですが、演技はともかく、技術がなかなかに凝っている。
心霊写真を撮るという企画では、わざわざインスタントカメラをつかい、ノーカットで写真を見せるというようなことをやったり、歩道橋の落書きが変化する、みたいな回では、確かに歩道橋の落書きが消えたりする。
CG、トリック、いろいろなものを駆使して心霊を作り上げている回がちょこちょこあって好感が持てる。

が、ほとんどは霊が監視カメラに近づいて来ちゃったり、というポカであって、結果的にすごくチープにはなっちゃってるんだけど、それも一興。
技術が先に行ってしまうと、下手に信仰になりかねない、というあたりへの配慮を感じさせてくれる、というとうがち過ぎ。

といって、まあ全体的に文化祭的演技が過ぎますので、もうまったくフェイクドキュメンタリーというより、フェイク>ドキュメンタリー。

で、恐怖ポストの方は、もうアカン。
これはなぞってる感しかありませんな。

でもま、これはこれでチープで俺は好きですね。
こういうの、まあ、もうB級でもない、X級というか、そういうアレですけど、それはそれで俺はけっこう好きなんだなあ、ということにしたたかに気づいております。
馬鹿馬鹿しくって。


「JK心霊映像~女子高生が教えてくれた死ぬほど怖い話~」

NOT FOUNDの古賀さんが出てますね。

そういうわけで、その路線ではありますけど、「予知」という話が、まあよくできたどんでん返しモノで、いや、厳密に言うとどんでん返しでもないところが怖い、という作りになってまして。
というのは、人の死を予知できる、という友達がいるが、その友達はそのチカラ(死が近づいた人をその人がカメラで撮ると透けて見える)を使って、人が死ぬところを映像にとろう、とする。
けど、相談に来た女子高生はその友達の悪趣味とも言える「人が死ぬところを撮りたい」にはつきあえない、と。
で、逆に死にそうとされた人を助けちゃうんだ。
そしたら、今度はその人が殺されるはずだったという運命を変えてしまったために、今度は自分が撮られた写真がすけている、と…。

ま、ここまではいい。

そしたら、そういう話をしていたところに、その悪趣味な友達が「すいませ~ん、友達が来てるはずなんですけど」と、明るく入ってくる。
そして、「すいません、この子、虚言癖があって…」と半ば強引に連れて帰っちゃう…。

そしてナレーション。
「その後、この女子高生と連絡が取れない」

…ぎゃああああああああああああ。
コレ、よくできていますね。
まさかラストがそっちに展開するとは思ってませんでした。

「この子は虚言癖」が当たっているのか、それとも、この友達は相談に来た女子高生が死ぬところを撮れたのか…。

いやあ、いいですね、これ。

しかし、他のエピソードは「こんな変な画像が撮れました」という女子高生の投稿を紹介するだけで、そこから展開しませんので、まあこのエピソードだけですねいいのは。


「死画像」

あおりには「『Not Found』×『ほんとにあった! 呪いのビデオ』! ふたつの人気シリーズのスタッフが結集した、究極のホラー・ドキュメンタリーが誕生!!」とありますから、見ないわけにはいかないんですけど。

とはいうものの、これは及第点のモノでしかないというか、想定内。
両雄並び立たずというか。

そんな中、ラストの「クニコ」という話はちょっと惜しい作品で。
冒頭にいきなり、「このインタビューは、投稿者が精神病院に入院する前に撮られたモノである」みたいなテロップ。
まあ、こういう「精神病院の使い方」が正しいかどうか、というのは意見もあるかと思いますが、まあ、興味はかき立てられる。

で、インタビュー後、この投稿者が持ってきた映像が流れるんだけど、これが長いんだよ!
長すぎる!!
もっとまとめろ!
ってか、それで終わっちゃう。

おいおいおいおいおいおいおい、と。
もっと投稿者を掘り下げないと…。

残念です。





(BGM:野際陽子「おしゃれなスパイ」from「60'sTVヒッツ・コレクション」)
→「パリから帰ったオシャレなスパ~イ~」
…ぎゃはははははは。
んなスパイ、目立ってしょうがないわ…。
ってか、曲調!曲調!。
「冷たい定めに泣いたとしても~白いドレスが染まろうと~私は生きるの~その中で~」って、明るい曲調で跳ねちゃったらもうなにがなんだか…。

若者は反抗する生き物のはず その2


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http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-4733.html のつづき


これね、で、前に書いたような気がするんだけど検索で引っかからないのでアレですが、最近はどうも、大学に「親の窓口」みたいなのがあるらしい。
というか、これはテレビで見たんだけど、最近は、そういう「親が相談出来る窓口」を大学に作っておかないと、人気が上がらない、とからしい。

大学ももう学生を「集めなきゃならない」って時代なんでしょう。
そりゃそうだ、子ども少なくなってるんだから。

ま、こうなるとそもそも大学ってのが「目指して入るモノなのか?」という疑問まで浮かんできますが、つまりはまあ、学生側が選ぶ感じの時代である、ということらしい。

昔はもう勉強しなきゃ入れなかったわけですけど、いや、そりゃ今でもそうでしょうが、その中でも選べる感じになってきてるんだろう、ってことですね。

といって、まあ学費は驚くほど高くなってますから、そこがまず線引きにはなってますけど(よくない線引き)、それはまた別の話なんで、別の機会にするとして。


つまりですね、「親が子どもを心配する」ってコトなんでしょうね。

俺の時代はそういう場所はなかったし、実際、親と会う機会はなかった。
そりゃそうだ。
授業参観があるわけじゃない。
PTAだってない。

だから、もう親から離れた関係を大学では作れたわけです。
これは、まあ重要な点ですよね。
たいがい、この辺でみんなセックスしますしね。


つまりですね、簡単に言うと、人間ってのは動物ですから。
DNA的には、子孫を残さなきゃいけない、という流れであるわけです。
つまり、人間は親から生まれて、親から離れて、親になる、というのが動物としての本能なワケです。
親になる、の部分は、なにも産まなくたってイイわけで、とにかく育てる、みたいなことかな。
俺だったら、今、もしかしたら市丸とかがそうかもしれません。

で、とにかく必要なのは、「親から産まれ、親から離れる」の、「離れる」の部分だと思うんですよ。

それをね、大学ってのは、けっこう強制的にできる場所だったんじゃないか、と思うんだ。
けど、そこに「親の窓口」を作っちゃったら、そりゃできるモノもできないよ、と。
つまり、大学の運営に「親の意見を入れますよ」といってるわけですから、これ。

酒を飲んでいい大学とそうじゃない大学だったら、俺だったら、まあ子どもには前者を薦めるけれど、おそらく親の窓口をありがたがる親は後者を選ぶんでしょ。

で、問題は、そういう親が多数派である、ってことなんだよね。
前項で書いた、「教員採用試験にふれるから」の人が少数派だった時代ならまだしも、もうそれが逆転しちゃってるんじゃないか、というのと同じで。
俺のように考える人は少ないんだろう。

だから、大学もそういうのを作る。
いや、教育的観点からいって、どうかとは思いますよ大学も。
でも、経営もあるんでしょ。
ま、そういう「経営がある」ってところにしちゃいけないんですけどね、大学を。


確かに、今の社会は問題が複雑で、そういうのも必要だ、というのもわからないわけじゃない。
けれども、窓口があることを宣伝する必要があるとも思えない。
というか、実際に問題があれば、それは大学に相談すればいいでしょう。
それはきっと複雑な問題の場合、当時からやってた親もいたと思う。


で、ですね、なにが言いたいかというと、つまり、大学が親の意向で決まるんだよな、ってコトなんですよ。
子どもがいくら「親から離れたい」と思っても、それができないようになってる、というか。

いや、確かに学費を払うのは親でしょうが、それは、子どもの成長の為なワケだから。
子どもに必要なことをする、ってのはわかるけど、そうじゃないとそれはまあ毒親みたいな話になってくるわけで。

つまり、子どもに必要なのは、「親によらない友達関係を作る」「そこで、新しい価値観を得て大人への階段を上る」「結果、親から離れる」ということですよ。
そこを実際に親の影があったら、そりゃできないんです。
まったくできない。
いないこと、が、親の最後の役割なんだから。


これね、障害を持った人たちの作業所なんかでも同じなんですよ。
本人がどうか、ではなく、「親が気に入るかどうか」なんです。

つまり、「親が口を出せるかどうか」なんだよね。
これ、大問題でね。

ウチを親が辞めさせたAなんかは、その後もにじ屋に来ちゃうしね。
つまりはまあ、親の好き嫌いでしかなくて、バカじゃねえの?って思うんだけど。

で、それにすり寄るように「連絡帳」なんていう、本人を飛び越えた、本人に関わる記録を目の前で交換したりする。
バカなのか?って思うんだけど。
本人の大人としてのメンツをどれだけつぶせば気が済むの?って俺は思うんだが。

連絡があるなら、今ならメールだってあるでしょうに。
本人の目の前で、毎朝検温してきました、ってバカなのかよ。
本人、何度あったかも知らないのに、親と職員が知ってます、という、そういう「雰囲気」が、「自分が生きてる!」って実感をどんどん削ってるんでしょうが、って俺は思うんだけどね。

でも、親が選ぶんですよ。
役所も、「親の決定には逆らえない」と言いますよ。
「この子にはウチがイイに決まってるけど、でも親が言うなら仕方ないんです」と、悔しそうにする福祉事務所の人もいます。
そういう親もいるんですわ。

で、その親の選び方が、「ああ、この子をほっておいてイイなんて素晴らしい」じゃなくて、「口を出したい」だからたまらない。
子どもは不幸だね、と思う。
先のAにしたって、まあかわいそうだよ。
最近も会うけど、まったくおかしくなっちゃった。

で、親が選ぶんだから、って、大学が窓口作ったみたいに、それに媚びた作業所運営するところも多いでしょ。
誰の為にやってんの?って思うんだけどね。
ま、これ、老人ホームとかでも一緒で、息子が気に入る場所にする、というか。
ご老人本人の意向で運営されない、というか。


おそらく、この手の親御さんは、ウチの親御さんが、子どもの同窓生の親御さんに「ウチは夜中まで帰ってこない」とか「自慢話」をしてるのが、おそらく、どこが自慢かよくわからないのかもしれない。
ウチの連中が青春してるのがわからない。
青春ってのは、先に書いたように、親がいない状況、仲間とバカ騒ぎ、エロもあろう、酒もあろう、そういう世界。
その段階のこと。
あんたにも青春があったろうに。

でも、「手元に置いておきたい」んだよね。
子どもが離れていくのが「さみしい」んだ。


つまり、子どもの為に選んでるんじゃなくて、自分の為に選んでる親が多すぎるんだよ。
これは、子が障害をもってるとかそういうの関係なく、大学がそうなんだからさ。
そういう風になっちゃってる。

で、引きこもりとかも問題になって来ちゃったりして。
そりゃそうなるのもわからなくないよな、とか。


あ、そういえば、「オレオレ詐欺」だって、日本だから成り立つってのも聞きますよ。
特殊な人種なんだろうな、日本人。
ま、親子の絆とかさ、そういうのは素晴らしいと思うんだよ。

でも、なんか「かまいすぎ」。
しかもそれが「親自身のため」って感じがして。

なんかもう、この感じ、悪い方向に向いてるような気がしてならないよ。






(BGM:Radio Hacker「Starting Over」from「Beat a Go Go !」)
→80年代の中盤だったか、ビートパンクって言葉がハードコア隆盛の時に現れてきて、まあいわゆるブルーハーツ的な感じを指していたんだと思うんだけど。
当時ハードコアキッズだった俺はけっこう毛嫌いしてましたけど、今はブルハも好きです。
この曲は、まあその「ビートパンク」をすごく体現した一曲だと思います。
当時だったら、キライだったと思う。

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